見渡す限り海が広がっていた。
空と海の色は灰色。足下に広がる砂は白。まるで色のない世界だった。
俺はいつからこんなところにいたのだろうか。思いだそうとしても頭の中は真っ白だった。


キョロキョロと周りを見渡すと、少し遠くに誰かがいた。
だから俺は歩いた。


そこに、少女がいた。俺と同じくらいの、12か13歳くらいの少女だ。
彼女は足を抱え込むように座り、ずっと海を眺めている。………色の灯らない虚ろな目で。

「あの、すみません。」
人を寄せ付けないような少女に声をかける。すると少女の瞳が微かに動き、俺の目と合う。

「あの、ここどこですか? 気がついたら迷ってたみたいで…。」
「……ここは…***。」
「え?」
彼女はなにかを言った。しかしそのなにかがよく聞こえなかった。

「私は、ここで待ってるの。」
「待ってる?」
俺は少女の隣に座り、彼女の話に耳を傾ける。

「私は“彼”との“約束”を守るためにここで待っているの。」
「約束? 彼って誰だ…。」
その言葉に少女は俺の目を凝視する。
その瞳には、なにか訴えたそうな力が籠もっていた。

「………やはり…………おらぬか…。」
悲しそうに少女はなにかを呟く。
なんだかよくわからないが、少女にとってその彼との約束とやらはよほど大事なもののようだった。

「まぁ、元気出せよ。きっとそいつは守ってくれるぜ、約束。」
「………いいえ。ないよ。だって、…………。」
何かを言い掛けたところで少女は言葉を止める。
その全てを諦めたような目がなんだか無性に気にくわない。

「…………わかんねぇだろ。そんなの。」
「ううん、きっと彼は覚えてないよ。でも私はこの島で待ち続けるしかないの。千年間、ずっと。」
「たとえ千年かかったとしても、そいつが約束を守ってくれるかもしれないだろ?」
「……千年…か。」
少女はまるで当の昔に千年待ちわびたような、達観した表情だった。

「………絶対に約束、守ってくれる?」
「ああ。だから、待ってろ。必ず迎えに来てやる。白馬に乗って迎えに来てやるからな。」
…この言葉は、初めて言ったような気がしなかった。
なんだか妙に懐かしい…。


「…わかった。私、待ってる。千年でも、いくらでも。」
少女は初めて笑顔を見せる。
少女の笑顔は、なぜだか見覚えがあった。あいつにとてもよく似ていた。

やがて海と空が綺麗な青に染まる。
その青はやがて少女の笑顔も、全て全て青に染まった。




「……ん……?」
目の前に天井が飛び込んでくる。
そういえば俺はベアトとのゲームを中断して部屋で寝てたんだった。
「………?」
隣に誰かが寝ている。体をひねって隣に目を回すと、そこにベアトが眠っていた。

「む………お、おお、戦人。やっと目覚めたか!」
「お…おい。お前なに俺のベッドで寝てるんだよ…。」
「そなたがいつまで経っても戻ってこぬから妾自ら起こしに来てやったのだ。しかし妾も急に眠くなってな。というわけでそなたの隣で寝てた。」
お前ってヤツは…恥じらいってやつがないのかよ………。

「さて、そなたも目覚めたことだし、そろそろゲームを再開しようぞ。妾はずっと待ちわびておったのだぞ!」
「…ああ、いいぜ。今度こそお前を屈服させてやらぁ。」
「くっくっく、楽しみにしておるぞ。」
ベアトがさぞかし愉快そうな顔をして笑う。

「にしても…なんかお前に似てる女の子が夢で出てきたんだよなぁ。」
「ほう? 妾にそっくりな? くっくっく、妾ほどの美貌を持つニンゲンが存在するのか。それともそなたの空想の存在なのか。」
「俺の想像の中の女の子かもしんないけどな。でもやっぱり…その女の子にあったことがあるんだよ。それは遠い昔だったようなそうでもなかったような気がするぜ…。それで、なぜか俺はその子と約束したんだよ。」
「どんな?」
「いつか白馬に跨って迎えに来てやるぜって…。いっひっひ、そういや紗音ちゃんにも言われたっけな。昔こんなこと言ってたって。」
「…………………。」
「でも、夢の中のことだしな。あまり気にしないことにしておくか…。」
俺がへらへらと笑いながらしゃべってる間、ベアトはなぜか気まずそうな表情だった。
「…どうした、ベアト。」
「ん? いやなんでもない。さぁ、喫茶室へ戻ろうぞ?」
ベアトは曖昧に笑う。その笑顔はあの少女にもどことなく似ていて、なぜか胸が苦しくなった気がした。

だが、そんなこと気にしてる場合ではない。
俺はこいつを倒し、六軒島から帰らなければならない。

だから、その罪悪感は胸の奥不覚に隠した。











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